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1/3 アイジー工業株式会社(コンサルティング事例) 2012年1月

創業の原点に立ち返り、更なる成長と発展を目指して
〜全社一丸となった収益改善のマインドを武器に〜

アイジー工業株式会社は1970年、山形県東根市に建材製造の会社として設立された歴史ある企業である。創業者の石川堯氏は「東北のエジソン」と呼ばれ、「技術のアイジー」と評されるまでに技術を育て、その技術を軸にアイジー工業を成長させてきた。

現在は、金属サイディングの分野でNo.1のシェアを誇るトップメーカーであり、その製品の中でも鋼板に角波型加工を施し断熱材と一体化した断熱サイディング「ガルスパン」は、2001年に発売を開始し、2011年10月、第1回「HEADベストセレクション賞」を受賞。同賞は、第一線で活躍する多くの建築家、デザイナーによって選ばれる賞であるが、製品の性能に加え、そのデザイン性や、優れた建築を生み出す部品として、住宅にシンプルモダンという新しい流れを作ったことが評価されての受賞となった。

◆技術のアイジーに商社の総合力が加わる

アイジー工業 寒河江工場

創業以来30年間技術力と発想力によりリーディングカンパニーとしての役割を果たしてきたアイジー工業だったが、創業者の思いを受け、住友商事が経営に参画する。2002年のことである。同6月、住友商事から金田(かなだ)直治氏(現相談役)が代表取締役社長に就任。

金田氏は「着任当初1年程度は、まず社員とコミュニケーションをとり、アイジー工業を理解することに注力しようと思いました」と言う。その中で見えてきたのは、人事制度の不備であった。制度自体がかなり古く、部分的な修正を繰り返してきたことで整合性のとれないものになっていた。実態に沿ったわかりやすい制度への改正が必要であった。そこでプロジェクトチームを作り、約1年を掛け新制度を完成させた。
「成果も反映できる制度となって、働きがいが得られる、満足のいく人事制度を構築することができました」と金田氏は振り返る。日本能率協会コンサルティング(JMAC)とは、この時からの付き合いになると言う。

ベースとなる人事制度が完成し、次に金田氏は社内からの要請対応に着手する。それは、生産管理システム導入の要望であった。

◆本丸、生産現場の改善へ

アイジー工業株式会社 相談役 金田(かなだ)直治氏

生産管理システム導入の要望を受け、生産現場を見直した金田氏は「生産技術はあるものの、生産性という点ではまだまだ改善の余地を感じました。一から現場そのものを見直して、より生産性の高い製造工程を作ってからでなければ、システムの導入は砂上の楼閣になってしまうと思ったのです。その時、人事制度構築に際しコンサルタントの方が、『JMACは製造業、生産現場のコンサルティングがベースで、強いのです』と仰っていた言葉が頭を過りました」と。そして東京に向かったと言う。

まずは現場の簡単な診断を行い、コンサルタントから改善に向けたアイデア出しがなされた。この内容が金田氏の「求めるところ」と合致し、生産性歩留まり向上運動「チャレンジサガエ2005」がスタートする。いつ活動を始めたかわかるようにと、プロジェクトに年度を入れたのは金田氏の発案である。

このプロジェクトは「入院患者を2人出して下さい」というコンサルタントの印象的な言葉から始まったと言う。入院とは「専任で」という意味である。エースを投入し専任で臨まなければ、この活動は成功しない。片手間では成果が出せない、本気の取組みが求められたのだった。

◆チャレンジ活動で変わったこととは

寒河江工場でスタートした「チャレンジ活動」は、いかにして生産性の高い製造工程が組めるか、何が問題になっているか、エース2人がプロジェクトリーダーとなり、問題点の抽出作業から始まった。プロジェクトは工場の全員が取組みメンバーとなって、課題ごとにメンバーを集め、全社活動として進められた。

ラインの行動分析から始め、問題を一つひとつ挙げ、潰していく作業を繰り返す。そして、新たなやり方を構築していくものだった。2ケ月に一度の推進会議は、誰もが参加できるオープンな場とし、リーダーが進捗報告とメンバーへの周知を行う。そこは今後の方向性を検討する場ともなり、プロジェクトは進行していった。こうした地道な作業を積み上げることで、着実に成果も上がっていったのだった。

金田氏は「アイジー工業は技術開発において評価が高く、製造工程も管理されており、それまでも改善の取組みを行ってきていました。しかし、我々の手法とJMACさんの手法は大きく違っていました。改善を定性的に捉えるのではなく、評価を金額で捉えたという点です。それによって個々の生産性向上、歩留まり向上という成果が毎回金額で報告され、業績への改善効果が数字で把握できたのです。自分達の改善貢献が、今まではなんとなく“良くなった”と感じられる程度だったものが、数百万、数千万と具体的な数値や金額で強く実感でき、それが参加メンバーのモチベーションにも繋がっていきました」と語る。

◆人の成長が会社全体の底上げに

さらに、別の成果もあったと言う。「プロジェクトリーダー2人が本当に良くやってくれて、数字として着実に成果が出ましたが、それよりもこの2人の大きな成長の方が、会社にとっては成果だと感じました」と。
「このプロジェクトを運用することで、自らが考え実行に移していくこと、そして、それを第三者にうまく伝え横に展開していく力や、周囲を巻き込む力をつけてくれたと思います。自分のスキルが上がると同時にまわりのメンバーの底上げもしていく。会社全体が良くなる原動力となってくれました」と。

また「JMACさんは熱心に現場に密着してくれました。新入社員が入ると、コンサルタントの方を社員だと間違えるんですね。それくらい現場に溶け込んでくれていました」と金田氏は語る。

推進会議という“場”を、誰もが参加できるオープンな場にしたことで、初めての取組みに興味を持っている社員誰もが気軽にのぞきに行けるようになり、社内の参加意識も高くなって、今までにない取組みになったと言う。

このプロジェクトの成功を受け、寒河江工場の活動も継続しながら、東根工場、水戸工場においても「チャレンジひがしね&みと2006」のプロジェクトを開始する。プロジェクト名からもわかるように、2006年のことであった。

生産現場は変わった。次に取り掛かった改革は!?
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